満韓鉄道唱歌




作詞 大和田建樹
作曲 天谷秀


1
 汽笛の響いさましく
 馬関(=下関)を後に漕ぎ出でて
 蹴破る荒波百海里
 鶏林八道(けいりんはちどう)いづかたぞ

2
 日本海の海戦に
 大捷(たいしょう)得たりし対馬
 あれよと指さす程もなく
 船は釜山に着きにけり

3
 釜山は名だたる港にて
 韓国屈指の貿易港
 出船入船 絶間なく
 並ぶ市街の賑しさ

4
 船よりあがりて汽車に乗る
 京釜(けいふ)線路の初旅路
 ものめづらしき草梁を
 出づればまもなく釜山鎮

5
 三百尺の山上に
 築き捨てたる残塁
 小西行長 千歳の
 雄図を示す好記念

6
 古(いにし)え韓国水軍の
 牙営(がえい)おかれし東萊府(とうらいふ)
 東萊温泉梵魚寺(ぼんぎょじ)に
 遊ぶ旅客も多からん

7
 勿禁(ふっきん)駅の甑城(そうじょう)は
 威風草木を靡(なび)かせて
 鬼と呼ばれし清正が
 敵を防ぎし蹟(あと)とかや

8
 院洞過ぎて三浪
 馬山浦(ばざんぽ)ゆきの分岐点
 早くも来ぬる密陽は
 人口四千の小都会

9
 春秋二季に開かるる
 名も大邱(たいきゅう)の大市場
 集まる商人一万余
 土地の潤いいくばくぞ

10
 豊太閤の征韓軍
 暫くここに留まりて
 其名を残す倭館駅(わかんえき)
 偉志千年に朽ちもせず

11
 黄金の泉湧くという
 商業繁華の金泉に
 つぎたる駅は秋風嶺(しゅうふうれい)
 秋風さむく土地高し

12
 京釜線路の央(なかば)なる
 永洞駅(えいどうえき)の近くには
 春は花ちる落花台
 秋は紅葉の錦城山

13
 深川駅(しんせんえき)に名も響く
 夏なお寒き滝の水
 太田駅(たいでんえき)の西方に 
 冬は雪見る鶏籠山(けいろうざん)

14
 水美しき錦江の
 岸に沿いたる芙江駅(ふこうえき)
 米と塩との商業に
 旅人つどい市栄ゆ

15
 葛巨里 全義 小井里(しょうせいり)
 天安駅の南には
 温陽温泉名も高し
 浴みても見ばや急がずば

16
 昔は黒田長政
 明軍破りし稷山(しょくざん)を
 過ればここぞ成観府(せいかんふ)
 安城川も遠からず

17
 かしこに見ゆる牙山まで
 過ぎし日清戦役の
 面影みゆる苦戦の地
 思えば夢か夢ならず

18
 米の市場の開かるる
 烏山(うざん)をすぎて餅店(べいてん)の
 北に眺むる松原は
 韓廷廟(かんていびょう)の大皇橋

19
 西湖の風景おもしろき
 水原過ぎて富谷駅(ふこくえき)
 京仁線に分るるは
 始興(しきょう)の次の永登浦(えいとうほ)

20
 仁川港に在留の
 邦人一万三千余
 日露の役の手始に
 敵艦沈めし浦なるぞ

21
 港の賑い見物し
 要務終りて余暇あらば
 日本公園月尾島
 ついでにそれも行きて見ん

22
 また本線に立ちかえり
 間もなく渡る漢江は
 韓国五江の其の一つ
 水利に富めど冬冰(こお)る

23
 それより京義鉄道の
 基点に名ある龍山を
 過ぐれば来る南大門
 嬉しやここは京城

24
 さすがに名高き韓国の
 首府の地なれば盛にて
 東西長さ三十町 壁には八つの門高し

25
 京城隈なく一覧し
 重ねて乗り込む京義線
 駅駅過ぎて大同江
 渡ればかなたは平壌

26
 あれ見よ二十七年の
 役に立見の一隊が
 打ち破りたる牡丹台
 今なお虚空に聳えたり

27
 定州宣川新義州
 前は岸うつ波高き
 満韓境の鴨緑江
 アリナレ川は是かとよ

28
 黒木軍隊此川を
 烈風破竹の勢いに
 渡して揚げたる鬨(とき)の声
 まじるか今も水音に

29
 水を後に乗りうつる
 名も軽便の仮鉄道
 起点の駅は安東駅
 近くの名所は九連城

30
 数十の敵砲分捕(ぶんどり)りて
 殆ど全滅せしめたる
 血戦著名の蛤蟆塘(こうもとう)
 それもここより遠からず

31
高麗門の旧蹟も
 見はてて過ぐる鳳凰
 町には孔子の霊屋あり
 山には四季のながめあり

32
 乾の方に天を摩し
 聳ゆる峰は摩天嶺
 その頂に立ちたるは
 日清戦争記念碑よ

33
 連山関を打ち過ぎて
 下馬塔 楡樹林(ゆじゅりん) 本渓湖(ほんけいこ)
 ここもかしこも我軍の
 血を流さざる方もなし

34
 百万斤(きん)の石炭を
 日毎に堀りて出すと聞く
 撫順炭礦(ぶじゅんたんこう)右に見て
 今ぞ着きぬる奉天府(ほうてんふ)

35
 三百年来おかれたる
 帝都の昔忍ばれて
 城壁たかく町栄え
 人口およそ三十万

36
 北に進まば黒龍江(こくりゅうこう)
 かなたの岸も近けれど
 まづ此たびは見合わせて
 南に帰りの道取らん

37
 東清鉄道名をかえて
 今は南満鉄道の
 駅また駅を尋ぬれば
 渾河堡(こんかほう) 沙河堡(しゃかほう) 煙台駅

38
 沙河(さか)は露軍を我軍の
 大敗せしめし古戦場
 歪頭山(わいとうざん)の峰高く
 あげしは武勲(ぶくん)の誉なり

39
 煙台炭山名も高く
 敵に砲撃加えたる
 三塊石山(さんかいせきざん) 万宝山(ばんぽうざん)
 みな此(この)付近の著名の地

40
 岡崎旅団が苦戦せし
 其(その)名を残す岡崎山
 見ながら渡る太子河
 水も凱歌や歌うらん

41
 奥 野津 黒木の三軍が
 力あわせて乗り取りし
 遼陽市街の遠近(おちこち)に
 残るは敵の角面堡(かくめんほう)

42
 関谷 橘二勇士が
 天晴(あっぱれ)名誉の戦死せし
 首山堡(しゅざんぽ)すぎて海城の
 右には牛荘(にゅうちゃん)紅瓦塞(こうがいさい)

43
 海城すぎて大石橋(たいせききょう)
 石より堅き敵塁も
 攻め砕きたる奥軍の
 苦戦何かに譬(たと)うべき

44
 右に分れて営口を
 過ぐれば遼河の渡あり
 北京に赴く旅人は
 是に乗るこそ便利なれ

45
 それより錦州(きんしゅう)山海関
 山海関を中にして
 こなたを関外かなたをば
 関内線と名づけたり

46
 又立ち戻る大石橋
 東に行けば柝木城(たくぼくじょう)
 続きて岫厳大弧山(しゅうがんたいこざん)
 下車して地理や探らまし

47
 生糸の市場と聞こえたる
 蓋平(がいへい)すぎて熊岳城(ゆうがくじょう)
 城外四面に波立てて
 起き伏す丘ぞ望まるる

48
 十六門の速射砲
 得たりし戦利の得利寺は
 左右に高く聳えたる
 山の間を行く処

49
 貔子窩(ひしか)を上りし我軍の
 魂こめたる弾丸を
 始めて敵に贈りたる
 記念の土地は普蘭店

50
 鉄条網の激戦に
 其(その)名も高き南山の
 麓にそいて行く道の
 右に見ゆるは金州湾

51
 進みも早く行く汽車の
 窓より左にながめやる
 風景佳絶(かぜつ)の和尚島(おしょうとう)
 貿易繁華の大連湾

52
 大連湾の湾頭に
 露軍の手にて作られし
 規模壮大の青泥窪(だるにー)は
 今の大連市街なり

53
 双溝台も土城子も
 過ぎて左にながめゆく
 松樹 二龍の二砲台
 あれかや二百三高地

54
 朝日にきらめく日の御旗
 山又山にさし立(たて)て
 凱歌うたいし我軍の
 当時の心ぞ思わるる

55
 乃木将軍が苦戦せし
 名誉の陸はここなるぞ
 広瀬中佐が戦死せし
 名誉の海はここなるぞ

56
 港の口を封鎖して
 功(いさお)をたてし決死の士
 朽ちぬ誉れは千代八千代
 老鉄山と諸共

57
 苦戦の旅順も我は見つ
 平和の旅順も我は見つ
 之(これ)を旅路の土産にて
 行きて語らん見ぬ人に

58
 大連湾を出港の
 定期の船は何丸ぞ
 名残は残る満洲
 地を踏む事も今日ばかり

59
 別れて久しき故郷の
 空を何(いづ)くとながむれば
 煙水万里(えんすいばんり)の海の上
 日は暮れそめて月高し

60
 ああ清国(しんこく)も韓国も
 共に親しき隣国ぞ
 互いに近く行きかいて
 研(みが)かん問題数多し




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